東京高等裁判所 昭和41年(う)1022号 判決 1971年2月10日
本籍 福岡県久留米市東町五五番地の一の一
住居 東京都港区六本木町三丁目八番地の二〇
六本木スカイコーボ六〇五号
弁護士 楢橋渡
明治二五年三月二二日生
<ほか一名>
右被告人楢橋渡に対する収賄、同滝嶋総一郎に対する贈賄、証憑湮滅教唆各被告事件について、昭和四一年二月一五日東京地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、各被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、審理して次のとおり判決する。
主文
原判決中被告人楢橋渡に関する部分および同滝嶋総一郎に関する有罪部分を破棄する。
被告人楢橋渡および同滝嶋総一郎を各懲役二年に処する。
ただし、被告人楢橋渡に対し、本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。
被告人楢橋渡から九〇〇万円を追徴する。
訴訟費用中原審証人に支給した分は、別表記載のとおり被告人らの負担とし、当審証人富永喬、同浅尾新甫、同大滝正義および同岸田到に各支給した分は、被告人らの連帯負担とする。
本件公訴事実中被告人滝嶋が楢橋渡に対し(イ)昭和三五年二月一二日頃三五〇万円、(ロ)同年五月一三日頃五〇〇万円の各賄賂を供与したとの点および被告人楢橋が滝嶋総一郎から前記(イ)、(ロ)の各賄賂を収受したとの点については、被告人らはいずれも無罪。
理由
被告人楢橋渡の控訴の趣意は、弁護人田中政義および田中学共同作成名義、弁護人大竹武七郎作成名義、弁護人島田武夫および同島田徳郎共同作成名義の各控訴趣意書、被告人滝嶋総一郎の控訴の趣意は、弁護人芦苅直巳および同伊達秋雄共同作成名義、弁護人池田克作成名義の各控訴趣意書記載のとおりであり、これらに対する検察官の答弁は、東京高等検察庁検察官検事木村喜和作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これらをここに引用し、これに対し次のとおり判断する。
両島田弁護人の控訴趣意第一点ないし第四点、両田中弁護人の同第一点(事実誤認、法令適用の誤りの主張)について。
所論は、いずれも要するに、原判決が「被告人楢橋は、昭和三四年六月一八日から昭和三五年七月一九日まで岸内閣の運輸大臣の地位にあって、地方鉄道の免許ならびに同免許について運輸審議会に諮問することを含む運輸省所管事項全般に関する事務を統轄し、職員の服務についてこれを統督する職務権限を有していたものである。」とする点を論難し、右は、事実を誤認したか、法令の適用を誤ったものであって、当時被告人楢橋は、運輸大臣として形式的にも実質的にも武鉄免許に関する職務権限を有していたものではない、というのである。
よって案ずるのに、被告人楢橋が昭和三四年六月一八日から昭和三五年七月一九日まで岸内閣の運輸大臣であったことは、原判決が証拠に基づき適法に認めたとおりであり、また運輸大臣が地方鉄道の免許についての職務権限を有することは、国家行政組織法、運輸省設置法第四条第三四条の規定に照らし明らかである。ところで、所論は、運輸大臣が地方鉄道の免許について必要な措置を採る場合は、運輸審議会(以下、単に「運審」という。)にはかり、その決定を尊重しなければならない(同設置法第六条第五号)こととされており、本件武鉄の事案は、昭和三四年一一月二一日運審への諮問手続がなされ、昭和三五年七月六日その決定があったのであるから、右決定以前においては、被告人楢橋は、形式的にも実質的にも、武鉄免許に関するなんらの職務権限をも有しなかったものである、と主張し、かつ原判決が被告人楢橋に前記職務権限のあることを認定した理由の一つとして運輸大臣の権限が組織上、運用上の規定を通じて運審にも及ぶ点を挙げていることを非難するのである。思うに、運輸省設置法の規定によれば、運審は、たとえその組織、運用の面において、運輸省の各部局との間に種種の関係、交渉を持ってはいるにしても、その性格上、運輸大臣とは独立した職務権限を有するものであって、この点においては、運輸大臣の権限は、運審に及ぶものではなく、また運輸大臣は、運審の決定を尊重して必要な措置を採らなければならないことも所論のとおりであるけれども、国家行政組織法、運輸省設置法、運輸審議会一般規則等関係諸法令によれば、運審は、あくまでも運輸大臣の諮問機関に過ぎないものであって、地方鉄道免許の権限は、運審にはなく、運輸大臣にあることは明らかである。そして、収賄罪における職務といえるためには、事がらがその公務員の一般的な職務権限に属するものであれば足り、その具体的行使が将来のある条件にかかっていて、その条件が満たされなければ行使することができない職務はもとより、その行使に手心を加える余地のない職務権限をも包含するものと解すべきことは、幾多の判例の指摘するところであって、本件において、右判例と異なる判断をすべきなんらの理由をも見いだしえないから(この点に関し、右判例を非難する両島田弁護人の所論は採用できない。)、被告人楢橋には、本件当時形式的にも実質的にも武鉄免許についての職務権限があったものというべく、これと同一の認定に出た原判決は、結局正当であって、この点の所論は理由がないことに帰するので、採用することができない。論旨は理由がない。
芦苅、伊達両弁護人の控訴趣意第一点一、両島田弁護人の同第五点ないし第九点、両田中弁護人の同第一点二、大竹弁護人の同(一)、(六)(事実誤認、法令の適用の誤りの主張)について。
所論は、被告人滝嶋が同楢橋に対して原判示のような請託をなしたことはなく、また被告人楢橋において右請託を受諾したこともない。原判決にいう日本工業クラブにおける会合の際は、被告人滝嶋が同楢橋に紹介されたにとどまり、同滝嶋より同楢橋に対し原判示のような依頼をなしたことはなく、したがって楢橋もまたこれを了承したことはないのであって、原判示「沿線視察」と称するものも、その実は、被告人楢橋が休日を利用して、名栗にある鳥居観音に参詣したに過ぎず、武鉄建設予定線の沿線視察を行なったものではない。また、料亭民吉における会合は、政治家としての楢橋を後援するための集りであって、武鉄免許とはなんら関係のないものである。原判決は、採証法則に違背した結果、右各点につき事実を誤認したものである、というのである。
しかし、この点に関する原判示第一章第二節二(一)ないし(五)の各事実は、その挙示する各関係証拠を総合すればこれを認めるに十分であって、当審における事実取調べの結果に徴しても右認定を覆えすに足りず、この点に関し原判決が同章第四節二において説示した事実判断は相当であって、原判決には、この点において採証法則に違背した結果の事実の誤認があるものとは認められない。なお、両島田弁護人は、その控訴趣意第六点において、運輸大臣は、運審に諮問し、その答申を得なければ免許の許否を決する権限を有しないのであるから、右運審の答申以前においては、運輸大臣が原判示武鉄免許の早期実現方の依頼のような陳情を受けて了承を与えたとしても、右陳情は、運輸大臣の職務とは関係のないものであって、刑法第一九七条第一項後段にいう請託を受けた場合に該当するものではないとして、原判決の法令適用の誤りをいうが、すでに説示したように、運審の答申前であっても、運輸大臣は、地方鉄道の免許についての職務権限を有するものと解すべきであるから、所論は、誤った前提に立って原判決を論難するものであって、理由があるものとは認められない(所論引用の判例は本件に適切でない。)。また両島田弁護人は、同法条第一項後段にいう請託は、賄賂と対価関係にある場合にはじめて成立するものと解すべきであって、原判決が原判示各賄賂との間に対価関係のあった事実の認められない原判示武鉄免許の実現の依頼に対する了承をもって請託の受諾があったものと説示したのは、事実を誤認し、法令の適用を誤ったものであるというのであるが、刑法第一九七条にいう請託とは、将来一定の行為をすることについての依頼であって、必ずしもその受諾に対して賄賂を供与する意図をもって行なわれることを要しないものと解すべきであって、原判決の所論指摘の説示部分に、所論のような誤りがあるものとは認められないから、この点の所論の主張も採用することができない。次に、芦苅、伊達両弁護人は、被告人楢橋の原判示沿線視察の際、同被告人に対し具体的に被告人滝嶋が請託をなした事実については、原判決は、なんらこれを認定していないと主張するけれども、元来右沿線視察の話は、これに先だつ日本工業クラブにおける会合の際出た話であり、明らかに武鉄免許に関係があるものと見られるのみならず、原判決は、右沿線視察の際明らかな請託があったとしているのではなく、これと右日本工業クラブにおける依頼、民吉における会合、被告人楢橋宅における依頼等を併せて請託があったものと見ているのであって、原判決の右判断に誤りがあるものとはいうことができないから、所論は採用することができない。さらに、被告人楢橋の沿線視察(名栗行き)の日時、回数および目的については、大竹弁護人と両田中弁護人は、いずれも昭和三四年一〇月一一日の一回であるとし、また芦苅、伊達両弁護人は、証拠上同年一〇月一一日と同年一一月一日の二回とせざるをえないとしながら、その目的は観音参詣およびレクリエーションであって、武鉄免許申請とは関係のないものであるとするのに対し、両島田弁護人は、同被告人が名栗に赴いたのは同年一一月一日の一回であり、またその目的につき、先に日本工業クラブの会合において武鉄の資金源については埼玉銀行が引き受ける旨の話があったところから、被告人楢橋としては、平沼に会って被告人滝嶋の人となりを確める意図であったものと主張する。しかしながら、関係証拠によれば、被告人楢橋が同年一〇月一一日名栗に赴いた事実が認められるばかりでなく、さらに山内公献の検察官に対する供述調書によれば、被告人楢橋から山内公献が名栗行きを誘われたのは、国会開会中の休日であった事実が明らかであって、この事実を第三三臨時国会が昭和三四年一〇月二六日会期五〇日の予定で召集された事実ならびに関係証拠とも併せ考えると、被告人楢橋が運輸省事務当局の幹部を帯同して名栗に赴いたのは、同年一一月一日であると認めざるをえないから、原判決が同被告人の沿線視察を同年一〇月一一日と一一月一日の二回であると認めたのは相当である。また仮に被告人楢橋の名栗行きが所論のように一回であったとしても、その際同被告人が運輸省事務当局の幹部を帯同して赴いていることは証拠上明らかであって、その趣旨が、単なる観音参詣ないしレクリエーションではなく、主として武鉄予定線の沿線視察にあったと認められるから、これらの事実を総合すれば、被告人滝嶋から同楢橋に対し原判示のような請託がなされていたと認めるのが相当であって、結局原判決のこの点についての事実認定に誤りがあるものとは認められない。論旨は理由がない。
両田中弁護人の控訴趣意第一点の二、大竹弁護人の同二、両島田弁護人の同第九点ないし第一三点、芦苅、伊達両弁護人の同第一点二(事実誤認の主張)について。
所論は、被告人滝嶋および同楢橋間の原判示賄賂の約束および金員の授受の点について、被告人らの間に原判示のような賄賂の約束がなされた事実はなく、また授受された金員も、昭和三四年一一月一四日頃三〇〇万円の授受があったほかは、同年一二月一五日頃三〇〇万円の授受があっただけであって、同日頃原判示一、〇〇〇万円が授受された事実はなく、その余の原判示各日時頃原判示各金員が授受された事実は全くなく、しかも、右各金員の授受は、原判示のように武鉄免許に関する謝礼としてではなく、政治家としての被告人楢橋に対する同滝嶋の政治献金としてなされたものであって、これらの点において、原判決は、採証法則に違背し、ひいて事実を誤認したものであり、右の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない、というのである。
よって案ずるのに、被告人滝嶋および同楢橋間の原判示賄賂の約束および金員授受の事実は、原判決理由第一章第二節三の(二)、(三)判示の第二回、第四回および第五回の各贈収賄の事実を除き、その趣旨および知情の点をも含めて、原判決挙示の各関係証拠を総合すれば、ゆうにこれを認めるに足り、所論に基づき、さらに記録を精査し、当審における事実取調べの結果に徴しても、原判決に、証拠の取捨選択を誤って事実を誤認したかどがあるものとは認められない。よって、進んで右第二回、第四回および第五回の各贈収賄の関係について審案する。
(一) まず、第二回授受の金員が一、〇〇〇万円であったか三〇〇万円であったかの点について案ずるのに、原判決は、第二回授受の金員を一、〇〇〇万円と認定し、これを認めた事情として、(1)被告人滝嶋の≪省略≫各供述調書記載の供述中、同被告人が例月よりは多額の一、〇〇〇万円を樽橋に交付するに至った理由の説明がきわめて自然であって信用できること、(2)関係証拠上、本件に関する経緯処理全体を通じて三〇〇万円または七〇〇万円というような数字は見られず、一、〇〇〇万円一口として取り扱われていること、(3)≪証拠省略≫によれば、小佐野が見た被告人滝嶋の武鉄免許関係運動資金の使途に関する覚書の金員の渡し先と金額の記載中に、楢橋渡に交付した分として、三〇〇万円が三口か四口記載されていたほかに、一、〇〇〇万円の記載があったことが窺われるとともに、≪証拠省略≫によれば、久保が、後日一、〇〇〇万円の金融方を松村某に依頼した際、同人に対し、「武鉄の運動費がかかる。前に楢橋にも一、〇〇〇万円行ったことがある。」旨語った事実があることが認められること、(4)≪証拠省略≫によれば、久保が、昭和三四年一二月被告人滝嶋から一、〇〇〇万円の出金を命じられ、これを建築代金の支払い分として経理処理したが、その際右金員が同被告人の武鉄免許運動資金に当てられるものであることを察知し、後日のため別に同被告人個人の債務として書類上の措置をした事実が明らかであること、(5)関係証拠上同年一二月には武鉄免許申請事案が活発な進展を見せており、被告人滝嶋においても同年内に免許実現に持ち込もうと意気込んでいたことが明らかであるので、約束以上の金員一、〇〇〇万円を被告人楢橋に渡したとしても不合理とはいえない状況があったと認められることなどの事実を挙げている。しかしながら、被告人滝嶋が同楢橋に対しその妻文子を介して原判示第二回の金員一、〇〇〇万円を渡したとの事実の直接の証拠としては、前記被告人滝嶋の検察官に対する各供述調書があるだけであり、しかも同被告人は、原審公判廷において右第二回の金員は三〇〇万円であった旨弁解しているのである。元来、被告人滝嶋の同楢橋に対する本件金員の供与は、料亭民吉における会合の際、被告人滝嶋が同楢橋に対し、今後毎月三〇〇万円ずつ政治献金をする旨の申出をしたことに端を発しているものであり、前月の第一回授受の金員も三〇〇万円であったことは関係証拠上明らかであるから、この事実に被告人滝嶋の原審公判廷における前記弁解をも併せ考えると、同被告人の右各検察官に対する供述調書記載の供述中、原判決摘示の前記(1)の点に関する供述には、かなりの疑問があるものといわねばならない。もっとも、楢橋文子の検察官に対する供述調書の記載中には、一二月分の金の包みが前月よりも厚いものであった旨の供述があるが、右の供述調書が作成された経緯について同人が原審公判廷においてなした証言によれば、同人の検察官に対する右供述調書記載の右供述も、被告人滝嶋の検察官に対する前記各供述調書記載の供述を裏付けるものとはいうことができない。また原判決は、証拠上被告人滝嶋が当時一、〇〇〇万円を久保嘉一郎に命じて出金させていることが明らかであるにもかかわらず、そのうちの三〇〇万円が同被告人によって別異に取り扱われたことを窺わせるに足りる証拠はない旨説示しており、なるほど、原審公判廷に現われた証拠によれば、右一、〇〇〇万円の一部が被告人楢橋以外の者に渡された事実の認められないことは原判決のいうとおりであるけれども、当審証人水谷仁三郎は、被告人滝嶋が、昭和三四年から昭和三五年にかけて、京都の美術商水谷から慈円僧正の正筆消息文等古文書類四点を総計七〇〇万円ないし九〇〇万円くらいで買ったほか、二、三〇万円くらいの美術品をも買い受けた旨供述しているばかりでなく、被告人滝嶋も当審公判廷において、同被告人が、右のほかにも、東京都の美術商牧田商店から重要美術品「 居土」等五点の美術品を二五〇万円で買い、またその他の美術品合計一〇〇万円くらいをも買い取っており、前記一、〇〇〇万円のうちから三〇〇万円を右水谷に支払ったほか、美術品代金合計六五〇万円をも支払い、また五〇万円を会社の従業員に支払った旨供述しているのであって、右被告人滝嶋の供述は、全面的には措信することができないにしても、前記のように水谷より古文書等を買い受けた旨の供述は、前記水谷の当審におけるその点の供述に照らし措信することができるから、右一、〇〇〇万円のうちから、少なくとも水谷に対し相当額の支払いがなされた可能性も十分存するわけであって、右一、〇〇〇万円の全部が被告人楢橋に供与されたものとするには、なお合理的な疑いを容れる余地が存するものといわねばならない。しからば、前記第二回授受の金員は三〇〇万円であったと認めるのが相当であって、これを一、〇〇〇万円と認めた原判決は、証拠の取捨選択を誤って事実を誤認したものというのほかなく、この誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において所論は理由があり、原判決は破棄を免れない。
(二) 次に、第四回の金員授受の点について案ずるのに、原判示事実は、原判決の挙示する関係証拠により一応認められないではないけれども、右関係証拠中、被告人滝嶋の検察官に対する供述調書の記載内容とこれに照応する楢橋文子の検察官に対する供述調書の記載内容とを対比し、かつ被告人滝嶋が本件を供述するに至った事情と楢橋文子が検察官に対して本件事案につき供述した当時における同人の肉体的精神的状態とを考えるときは、右両名が真実を供述しているものとは必ずしも認めることができない。もっとも、第四回分として三五〇万円の金員が授受されることになった事情については、被告人滝嶋の前記供述調書の記載中にその一応の説明をした供述があり、またこれを裏付けるような同楢橋の土地購入、家屋増築等の事実が証拠上認められないではないけれども、この事実を考慮しても、原判決が認めるように、被告人楢橋もしくは文子より土地購入、家屋増築等のため同滝嶋に対し金員増額の要求をなし、これに基づき原判示三五〇万円の金員の授受があったものとするには十分でない。また≪証拠省略≫によれば、昭和三五年二月中旬頃被告人滝嶋が久保嘉一郎から三五〇万円を受け取っていることが認められるけれども、すでに述べたとおり、その頃同被告人の先に購入した古美術品の代金の未払い分があったことも証拠上認められるのであるから、右の金員がその弁済に当てられた可能性も多分に存するのであって(現に被告人滝嶋は、当審公判廷において同年二月二〇〇万円を水谷に支払った旨供述している。)、右日時頃被告人滝嶋が前示金員を久保から受取った事実があるからといって、右金員がそのまま被告人樽橋に供与されたものとは直ちに断定することがきない。結局本件については、原判示事実を認めるに足りる十分な証拠がないものと認められるので、この点において原判決は、事実を誤認したものであって、右の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
(三) さらに、第五回の金員授受の点について案ずるのに、関係証拠中被告人滝嶋の検察官に対する供述調書には、同被告人が五〇〇万円を楢橋文子に渡したとの供述記載があり、また楢橋文子の検察官に対する供述調書にも、それまで持って来た三〇〇万円と同程度の紙包の金を被告人滝嶋から受け取った旨の供述記載があるが、右楢橋文子の供述は、右金員の授受関係について必ずしも明瞭であるとはいえないばかりでなく、被告人滝嶋が検察官に対し右の供述をするに至った事情、同被告人が右の供述をした後、さらに、「以上のことを述べて気持がさっぱりした。」「真剣に考えた末の供述であって法廷に出て誓って事実として申し述べられることである。」と述べていながら、原審ならびに当審公判廷を通じて、右五〇〇万円供与の事実を否認していることなどをも併せ考えると、被告人滝嶋および楢橋文子の前記各供述は、いずれもこれをにわかに措信することができない。もっとも、右金員に相当する金員が久保から被告人滝嶋の手に渡っていることは証拠上認められるが、当時同被告人にはなお前記水谷等に対する古美術品の購入代金の未払い分が残っていたことも証拠上明らかであるので、右金員がそのまま被告人楢橋に供与されたものとは直ちに断定することができない(被告人滝嶋は、当審公判廷において右の金員のうち四〇〇万円を水谷に支払った旨供述している。)。結局本件についても、原判示事実を認めるに足りる十分な証拠があるものとは認められないので、この点においても原判決は、事実を誤認したものであり、右の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
大竹弁護人の控訴趣意(三)(訴訟手続の法令違反、事実誤認の主張)について。
所論は、贈収賄の事案においては、収賄者とされている者が現にその受領した金員を所持している事実またはその使途が証明された場合にはじめて金員授受の事実が確認され、また情状も明らかになるものであるが、本件においては、その金員の使途が十分判示され立証されていないから、原判決には、審理不尽、事実誤認の違法がある、というのである。
しかし、収賄にかかる事案において、受領した金員の使途を明らかにすることは、金員提供の事実と相まって、要証事実である収受の事実の認定に役立つ間接事実を立証することになるに過ぎないのであって、これを明らかにしえない場合においても、他の証拠により収受の事実を認定することを妨げるものではなく、また使途のいかんが刑の量定に影響のある場合があることは所論のとおりであるにしても、量刑上自己に有利な使途に関する事実を被告人が立証しない場合に、裁判所が職権でこれを明らかにしなかったからといって、尽くすべき審理を尽くさない違法があるものとはいうことができないので、原判決には、所論のような審理不尽ないし事実誤認の違法があるものとは認められず、所論は採用することができない。
論旨は理由がない。
両田中弁護人の控訴趣意第三点(訴訟手続の法令違反の主張)について。
所論に基づいて案ずるのに、楢橋文子が検察官の取調べを受けていた当時のその身体の状況が所論のとおりであることは証拠上認められないではないが、記録を精査しても、右取調べの際の同人の供述の任意性を疑わしめるような事実は認められず、また原審が証拠に基づき右供述に特信性があるものとして、同人の検察官に対する供述調書に証拠能力を認めた手続になんら違法は認められないので、所論は採用することができない。論旨は理由がない。
芦苅、伊達両弁護人の控訴趣意第二点(事実誤認の主張)について。
所論は、被告人滝嶋の吉崎博義および浅井盛夫に対する各贈賄についての原判決の事実の認定には、事実の誤認がある、というのである。
しかし、この点に関する原判示各事実は、それぞれその挙示する各関係証拠によりこれを認めるに十分であって、右認定を覆えすに足りる証拠はなく、原判決に事実の誤認があるものとは認められないので、所論は採用することができない。論旨は理由がない。
芦苅、伊達両弁護人の控訴趣意第三点(事実誤認の主張)について。
所論は、原判決第四章第二節の罪となるべき事実中、社長日報等の証憑湮滅関係として、被告人滝嶋について判示しているところは、事実を誤認したものであり、同被告人において加藤に対し同被告人の刑事事件について証憑を湮滅するよう教唆したことはない、というのである。
しかし、この点に関する原判示事実は、その挙示する各関係証拠により、これを認めるに十分であって、これを覆えすに足りる証拠はなく、原判決には、所論のような事実誤認は認められないので、所論は採用することができない。論旨は理由がない。
芦苅、伊達両弁護人の控訴趣意第四点(事実誤認の主張)について。
所論は、原判決は、第四章第二節罪となるべき事実中、定期預金証書および約束手形等による証憑偽造関係として、被告人滝嶋の各証憑偽造教唆の事実を認定したが、同被告人には自己の刑事責任に関する捜査官の追及を免れる意図はなかったのであって、この点において原判決は、証拠の取捨選択を誤った結果事実を誤認したものである、というのである。
しかし、所論に基づき記録を精査しても、原判決には証拠の取捨選択を誤った違法はなく、またこの点に関する原判示各事実はその挙示する各関係証拠によりこれを認めるに十分であって、右各認定を覆えすに足りる証拠はないから、この点の所論も採用することができない。論旨は理由がない。
よって、本件各控訴は、いずれも理由があり、量刑不当の点についての各控訴趣意(両田中弁護人の控訴趣意第四点、両島田弁護人の控訴趣意第一四点、池田弁護人の控訴趣意)に対する判断は後記自判するところによりおのずから明らかであるからこれを省略し、刑事訴訟法第三八二条、第三九七条第一項により原判決中主文第一項掲記の部分を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において、さらに次のとおり判決する。
当裁判所が認めた被告人滝嶋および同楢橋関係の各贈収賄の事実は、原判決理由第一章第二節三(二)、(三)中各「二、四五〇万円」とあるのを「九〇〇万円」と、同(二)の第二回中「同所において文子に対し、「今回は年末だから増額します。」旨の言葉を添えて、「前記の趣旨で右金一千万円を」とあるのを「同所において文子に対し前記の趣旨で右金員のうち三〇〇万円を」と各訂正し、右(二)中「第四回」以下(第四回および第五回の各事実)を削除するほかは、同章第一節および第二節に記載されたところと同一であり、またこれを認めた証拠は、同第三節に挙示された証拠中、「昭和三七年押第一一一五号」とあるのを「当裁判所昭和四一年押第三四二号」と訂正し、証人楢橋文子の当審公判廷(第三三回)における供述(軽井沢別荘関係)、遠山武次の検察官に対する昭和三六年九月二八日付および同年一〇月一四日付各供述調書、佐藤完の検察官に対する昭和三六年一〇月一四日付供述調書、楢橋文子の検察官に対する昭和三六年一〇月一〇日付供述調書bおよび長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢字下海野陣場三一〇番の八二山林一畝一〇歩外五筆、建物一棟に関する不動産登記済権利証(前同号の二六(イ))および売買契約書(前同号の二六(ハ))とある部分を削除したものと同一であり、同被告人滝嶋の東京陸運局関係の各贈賄の事実およびこれを認めた証拠は、原判決第二章第一節(一)、(二)および第二節に記載されたところと同一であり、同被告人滝嶋の各証憑湮滅教唆関係の事実およびこれを認めた証拠は、原判決第四章第一節および第二節一、二(一)、三(一)、四(一)、五に記載されたところと同一であるから、いずれもこれらをここに引用する。
法律に照すと、被告人楢橋の各収賄の所為はいずれも刑法第一九七条第一項後段に該当するが、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により犯情の最も重い昭和三五年一月一九日頃の収賄の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役二年に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法第二五条第一項に則り本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、同被告人が収受した判示各賄賂は没収することができないので、同法第一九七条の五によりその価額合計九〇〇万円を同被告人より追徴し、被告人滝嶋の所為中各贈賄の点はいずれも同法第一九八条第一項(東京陸運局関係の各贈賄の点については、さらに同法第六〇条をも適用)、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、各証憑湮滅教唆の点はいずれも刑法第一〇四条、第六一条第一項、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に各該当するが、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、同法第四七条本文、第一〇条により刑が重くかつ犯情の最も重い昭和三五年一月一九日頃贈賄の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役二年に処し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文、連帯負担の点につき同法第一八二条を各適用して主文第五項掲記のとおりそれぞれ被告人らに負担させることとする。
被告人らに対する本件公訴事実中主文第六項掲記の各点については、いずれも犯罪の証明がないので、刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡しをすることとする。
よって、主文のとおり判決する。
検察官 池上努 出席
(判事 山崎茂 裁判長判事石井文治は退官のため、判事山田鷹之助は転任のため署名押印することができない。判事 山崎茂)
<以下省略>